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AKB商法とは何だったのか(さやわか)

AKB商法とは何だったのかAKB商法とは何だったのか
(2013/06/03)
さやわか

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外側の論理の暴虐

 本書の大きな目的は、アイドル文化に希望に満ちた未来を見いだすことにある。それを成すために、第一章では、現代アイドル批判の中心である「AKB商法」を定義し、その問題とされている部分を明らかにする。第二章では、そもそもAKBが歴史的アイドル文化の文脈上における位置づけを明らかにし、彼女たちが異端なのかを考えていく。
 そして第三章では、AKB以後のアイドルが、AKBや伝統的アイドルとどのような関係を持っているかを明らかにする。終章では、アイドル戦国時代がアイドル文化衰退に繋がらないための方策として、「DD(Daredemo Daisuki)」の一般拡張を提案している。

 「AKB商法」とは、本来メインの商材であるCD・書籍に付録をつけ、その付録にバリエーションを与えることで、付録に価値を見いだす消費者に同じCDを何枚も買わせる商法である。AKB商法が採用されるに至ったのには、AKBがライブアイドルであることに関係する。
 音楽業界でトップを取るためには、どれだけファンの人気があっても、CD売上チャートの上位を取らなければメディアからは無視される。ゆえにAKBは、ファンを巻き込んで、CD売上チャートの上位を取るための戦略を取ったのである。

 そもそもAKBは、日本のアイドルの文脈上でどのような位置づけにあるのか。南沙織、吉永小百合、松田聖子、おニャン子クラブ、モーニング娘。のそれぞれに、アイドル文化の変遷の特徴を代表させ分析すると、メディアアイドルは、記号としてのアイドルから、より身近な、リアリティのあるアイドルへと移り変わってきている。
 これと同時に、パフォーマンスアイドルとも呼ぶべきアーティストたち、安室奈美恵、SPEED、MAXなどの、技術に裏打ちされたダンスでファンを魅了するタイプが登場するようになった。アイドルにも、記号以外の実力が求められるようになったのである。

 この文脈上に誕生し、それまでのアイドルの要素を再構成した存在がAKBであると位置づけられる。そしてこれを受け継ぎ、アイドル戦国時代という言葉に代表されるような、アイドル間のバトル要素というストーリー性を協調したのが、ももいろクローバーなどのアイドルなのだ。


 そもそも、おまけ商法とも言うべきAKB商法は、AKBが初めて行ったことではない。それまでのアイドルも、おまけでファンを釣るようなCDの売り方をしている。ではなぜ、AKBが特に批判の対象とされるか?それは、彼女たちが性を売り物に人気を集めているような印象を与えているからではないだろうか?
 著者は、AKB商法への批判は倫理的な問題だという。そもそもAKBには女性ファンも多いのだから、彼女たちが性を売り物にしているという見方は当たらないという。だが、AKBを構成している、アイドル、運営、ファンという内側の論理を離れ、現場性の低いファン層やその他外部の人々から見れば、彼女たちのパフォーマンスやイベントの運営方法に、性を売り物にしているという印象を抱かせないことはできない。

 そこで著者が願うのは、DDが一般化することである。外部の人々も含め、現代アイドルを構成するファンの一部に取り込んでしまうことが出来れば、彼らにも内側の論理が働くことになり、AKB商法という批判的見方も廃れていくのではないか、と。しかし、そんなことは夢物語だろう。それこそ内側の論理である。




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