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フルスケール・サマー(永島裕士)

フルスケール・サマー (電撃文庫)フルスケール・サマー (電撃文庫)
(2013/08/10)
永島裕士

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出来る人にお任せ

 元号が平成から変わって15年。晴明高校に転校してきた北条慶介は、これまで各校で生徒会長や文化祭実行委員長、学級委員を歴任してきた高校一年生だ。しかし、これからは、そんな責任のない、普通の高校生を目指している。
 ところが、たまたま隣席になった春日野鮎美の教科書の落書きに爆笑してしまった結果、彼女に連れられていったのが、活動休止中の模型部だった。そこで、原寸大の90式戦車やAH-1Sコブラ、F-15イーグルの自走模型だったのだ。

 生徒会長の浅野をはじめとする生徒たちの多くは、校内で場所ばかり取る模型部の遺産を嫌忌しており、その尻ぬぐいを、原因とは直接関係のない春日野鮎美が一人で行っていた。
 その姿に、かつて、一人で誰もやらない仕事を黙々と行っていた自分を重ねてしまい、生徒会長の浅野と交渉して原寸模型部を設立、実績を示すことで創部を認めさせることになった。

 しかし、春日野鮎美にも、彼女の友人の絢城美樹にも、北条慶介にも原寸模型を作った経験もなければ、自走させるための機構を作る能力もない。そこで、過去の遺産から未完成の人型汎用重機(ボルテック)ボナパルトを発掘し、それを動かすことで実績を作ろうとする。
 姿勢制御のプログラムに関しては、ネットで助けを求めた初潮愛撫ならぬ初瀬愛撫と彼女の作ったヒューマテックのカスミの協力を得て、コンクールの出場まではこぎ着けるのだが…。

 物語の内容は面白いと思うのだけれど、主人公たちの生き方の姿勢として、これで良いのかなと思わなくもない。プロジェクト管理の部分にターゲットを当てたと好意的に解釈すれば許容できないこともないけれど、あまりにも他力本願ではないだろうか?
 出来る人に任せるというのは効率的で実務的だけれど、少なくとも学校という、経済性を考慮する必要のない場では、自ら努力し苦労して成し遂げるというプロセスが必要であるように思う。さらに言うならば、クライマックスでのあからさまなルール違反は笑えない。




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